フラメンコ教室エルソル ブログ

2024.07.01

フラメンコ教室エルソル 第12回発表会を行いました。

 2024年6月30日(日)、藤沢の新堀ライブ館のセゴビアホールにて第12回発表会を行いました。

お越しくださいましたお客様、ありがとうございました。

練習の成果を存分に発揮できた生徒さん、素晴らしかったです。

少し悔いが残る人(自分)、マニャーナ セラ オトロ ディア(明日は別の日)。

何はともあれ良い経験を積み重ねましたね。 引き続き一緒に頑張りましょう。

ギターの宮川明さん、カンテのレイコシミズサンギットさん、どうもありがとうございました。

急きょ披露して下さったA mi maneraも素晴らしかったです。

2024.06.01

グラナダの結婚式の思い出(フラメンコブログ フラメンコ教室エルソル)

緑が鮮やかな季節になると必ず思い出すこと。 

華やかな場で貴重な経験ができた良い思い出ですが、自分の未熟さゆえに、文化の違いに居心地の悪さを感じたことも同時に思い出します。

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「グラナダの結婚式」(フェイスブックの過去の日記より)

スペインにいる時、結婚式を挙げた新郎新婦と招待客たちがリラックスした様子で教会の外に集まっているのをたまたま見る機会があるとラッキーと思いました。

女の人たちの服装を見るのが楽しみでした。

布一面に刺繡がされた大きなショール(マントン・デ・マニラ)をセニョーラが堂々とまとっているとそれはそれはゴージャスで迫力があるのですが、十代の女の子がそういうショールを肩にかけているのはとても初々しく、お母さんかお祖母さんから譲り受けたのかなと想像して、宝物を見せてもらったような気持ちになりました。

グラナダ留学中に結婚式に出席する機会に恵まれました。新郎新婦と面識がなかったのですが誘ってもらいました。

会場は、グラナダ郊外にある新郎の家族の別荘の素敵なお庭。 5月の終わりで花が咲き乱れていました。池もある広い庭でした。

神父様の前での誓いの言葉があり、参列者一同で見守りました。

スペイン語で結婚式のことをbodaボダといいますが、誓いという意味のvotoボト(英語のvote、vowと同語源)が語源なのだそうです。

そのあと、たくさんの料理が庭に運ばれてきていよいよパーティーが始まりました。

バンドの生演奏にあわせて新郎新婦も年配の方々も自然に体を揺らしていました。本当に踊る国民性なんだなーと思いました。

うちの両親や叔父叔母が踊る姿など到底想像がつきません。

「こういう時、この国では必ず踊り出すんだよね。やれやれ」と私は内心ため息をつきました。

私が苦手なことは、はしゃぐことと踊ること。

当時流行っていて日本でもヒットした「マカレナ」という曲のユーモラスな振り付けをみんな楽しげに踊っていました。

この国では引っ込み思案はマナー違反なのだと私は痛感しました。

セビジャーナスも演奏されたので、招待客たちはペアになって踊りました。 セビジャーナスは私も楽しみました。

パーティーの終わりに2階のバルコニーから新婦がブーケトスをすることになりました。映画みたいで素敵!

新婦がゲスト達に背中を向けて、ブーケを大きく投げました。

ブーケは池の中へ。ちゃぽん。一同あっ!

貴重な経験をできて、特に思い出に残る一日でした。

2024.05.16

スペイン語豆知識(フラメンコブログ フラメンコ教室エルソル)

私のような勘違いしている人、いませんよね?

いらっしゃらないとは思いますが、恥かく前に念のため。

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「 勘違いしていたスペイン語」(フェイスブックの過去の日記より)

フラメンコの衣装や肩にかけるショールには細かい房飾りの装飾がついていることが多く、この房飾りを「フレコ」といいます。

よく「フレコが長すぎる」とか「フレコが絡まった」と耳にしてきたので、これをフレコと呼ぶのか、とフラメンコを習い始めた高校生の頃に自然に覚えました。

大学3年でグラナダに留学しました。美容院に行きたくなり寮の子におすすめの美容院を聞きましたが、寮の子たちはグラナダ以外の土地の出身なので、地元に帰った時に行きつけのお店に行くと言っていました。

適当な美容院を探して行くことにしました。

行く前に「前髪を切ってください」とどのように言うのか辞書で調べました。

スペイン語で前髪は、flequillo。 

そこでハッと気づきました。 ということは、もしや、と思って遅ればせながら辞書で調べたところ、フレコとはflecoでした。

フレコは「振れ子」ではなかった! 振れ動くから振れ子だと勘違いしていました。 気付けてよかった。

さて、私が入ったグラナダの美容院は、接客の仕方が日本の美容院と違うところがいろいろあって面白かったです。

まず、美容師さんの手がガツンガツンと頭や顔や肩にぶつかって痛かった。

そして、美容師さんは女性だったのですが、ドライヤーを台に置くことが面倒だったのか、ドライヤーを太ももの間に挟むので(吹出し口がこっちを向いていて)、それが笑いをこらえるのに困るほどおかしかったです。

2024.05.14

ある生徒さんのセビジャーナス特訓

少し前に、お子さんの結婚披露宴でセビジャーナスを踊るという目標に向かって個人レッスンに通ってくださった方がいました(昔フラメンコを習った経験がある方)。

私も友人の結婚披露宴でセビジャーナスを踊ったことが何回かあり、新婦が踊っている姿も見たことがありますが、親が踊るというのもいいですよね!

その生徒さん、長いこと触っていなかったカスタネットも一生懸命練習して再び使えるようになり、本番は華やかで、ご本人にとってもご家族にとっても楽しい思い出になったようで良かったです。

2024.05.04

グラナダの美しい季節(フラメンコブログ フラメンコ教室エルソル)

今頃はグラナダにある庭園の花々がとてもきれいな時期ではないかなと思います。

グラナダの思い出話と一緒に、グラナダの歴史、スペイン語豆知識も少し。

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「グラナダのカルメン」(フェイスブックの過去の日記より)
グラナダにあるアルバイシンは急な坂道や迷路のような小路が多い古い地区で、白壁の家々が密集している様子がガイドブックなどで見られます。
そのような家以外に、中の様子をのぞけないくらいの高さの白い塀に囲まれたお屋敷もアルバイシンにはありました。
門の内側には憧れてしまうような美しい庭がありました。
木がこんもり繁っていて涼しさを感じ、手入れの行き届いた花々が咲いていました。

グラナダにあるこのような庭園を持つ邸宅を、「カルメン」といいます。
その美しさから女性名のカルメンにちなんで名付けられた、ではなくて、女性名とは全く関係なく、実際はアラビア語の「ぶどう園」が語源なのだそうです。
イスラム教徒に長く支配されている間にグラナダでは灌漑技術が発達したので、果樹園や庭がある家というのはグラナダの歴史を表しています。
カルメンはアルバイシンの他にも郊外の勾配のある土地に建てられていることが多いそうです。
1996年から1997年のグラナダ留学中は学生寮に住んでいましたが、1998年の半年間はグラナダの中心部から徒歩20分ほどの、急な坂道の途中にあるお屋敷にホームステイしていました。とてもきれいな庭がありました。
たしか5月。庭でパエリヤをごちそうになりました。
木陰は涼しく、庭のレモンの木からもいだレモンをパエリヤに振りかけて食べました。
心に残っている良い思い出です。

 

2024.04.16

スペイン人の名前のこと(フラメンコブログ フラメンコ教室エルソル)

 先日、ビクトルエリセ監督の新作「瞳をとじて」を観ました。

出産間近の妻が、娘にはフアナと名付けたいと言うと、夫が「フアナは古くさい。エストレージャがいい」と言う場面がありました。

数年前に観た「ペトラ」という映画でも、主人公のペトラが自分の名前を「古めかしい名前でしょう?」と言っていたので、スペイン人の名前にも時代によって違いがあるのかなと思いました。


スペイン人の名前について思ったことを書いた投稿です。

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「スペイン人の名前のこと」(フェイスブックの過去の日記より)

グラナダに1年間留学していた時、100人のスペイン人女子学生と寮生活をしていました。

私の同期に当たる1年生の寮生22人のうち、マリアが5人いました。
日本人にとって、スペイン人女性といえばこの名前、というイメージが強い「カルメン」は、100人のうち1人だけでした。
男性名で多い名前はもしかしたらホセかもしれませんが、これは聖母マリアの夫のヨセフのスペイン語名です。

マヌエルも多い気がします。これはイエズスキリストの別名です。
イエズスのスペイン語名の「ヘスス」が多いことにも驚きました。親が子にヘススと名付ける時に畏れ多いという気持ちはないのかなと思ってヘススという名の本人に聞いたことがありますが、残念ながら何と答えてくれたかは忘れてしまいました。
人の名前から、ここはカトリックの国なんだなーと感じることはよくありました。
女性名に「アングスティアス(苦しみ)」や「ドローレス(苦しみ、悲しみ)」が多いことにも驚きました。マリアさまやキリストの心に寄り添う、ということなのでしょうか。

「マグダレーナ」も私にとっては意外な名前でした。
私はカトリックの学校に通っていたので(スペイン系の学校だったのです。縁とは不思議)、マグダラのマリアの話は知っていますが、ちょっと知ってる位ではなかなか娘にその名をつけられないな、と思います。
理解の深さが違うのでしょう。
中学か高校の頃、聖人の中でもマグダラのマリアは人気があると先生から聞いたことがありました。
聖人に対してそういう感情を持つのは面白いと思いました。
挫折を経験した人、完璧でない人の方が魅力的、ということかもしれません。

ちなみに私がようこと名付けられた理由の一つは、オノ・ヨーコさんと同じだからです(漢字は違いますが)。
「ようこ」だったら外国の人も呼びやすいし、オノ・ヨーコさんと同じ名前なら覚えてもらいやすいだろう、と親が考えて付けた名前です。
私はようこです、とスペイン留学中に最初に自己紹介すると、いろいろな国の人達から「ヨーコ·オノと同じ名前だね!」と言われました。
親が願った通りになったなあと驚きました。

2024.04.14

セビージャの春祭りの思い出(フラメンコブログ フラメンコ教室エルソル)

娘に「セビジャーナスを踊っている人の絵を描いて」と頼んだらこういう絵を描いてくれました。

雑だけれどかわいい絵をささっと描くのが得意。

私の教室でも、最近になってセビジャーナスをペアで踊る練習を再開しました(コロナ禍の頃からやめていました)。 生徒さんも楽しそうです。

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セビージャの春祭りの思い出」(フェイスブックの過去の日記より)

4月になると毎年必ず思い出すのがセビージャの春祭り(Feria de Abril de Sevilla)。
私が行った日は小雨が降っていましたが、テレビやガイドブックで見たままの華やかな世界で感激しました。
たくさんのカセタ(テント小屋)がありました。
テーブルの上に飲み物や食べ物があって、ステージでは楽しそうにセビジャーナスを踊っていたりバンド演奏をしていたりショーをしている様子を外から見ることが出来ました。
そういうところはプライベートのカセタで仲間内だけが入れるところです。
入り口付近にいる人に「すみませんが入っても良いでしょうか···」と何軒か聞いてみると、「さあどうぞどうぞ、セニョリータ」とフレンドリーに招き入れられた、ということはな・く・て、「会員制ですので」と当然ですが断られました。
少しは期待していたのですが。
誰でも入れる公営のカセタは大にぎわいで、セビジャーナスを踊っている時に他の人とぶつかりそうになるのですが、それも楽しかったです。
グラナダに帰ってから寮のみんなにフェリアの感想を聞かれ、「馬の糞だらけで避けて歩くのが大変だった」と答えていたことを思い出しました(しかも雨でぬかるんでいましたし)。
もっと気の利いたことを言えば良かったなあと今更遅いですが反省。
セビージャの春祭りの始まりは家畜見本市だったそうで(だからFeriaなんですね)、上流階級の人は馬や馬車に乗って来たので、今も馬車や馬が多いのはその名残なのだそうです。
コロナで多くの国でお祭りを開催できませんが、伝統が消えずにお祭りを再び楽しめるようになってほしいですね。
(コロナ禍の2021年くらいの投稿)

2024.04.06

カーネーションの記憶(フラメンコブログ フラメンコ教室エルソル)

 花屋さんではもう母の日に贈る花の宣伝をしていますね。

スペインの国花は赤いカーネーションです。十字架から下ろされたイエスを聖母マリアが抱いた時に、彼女が涙を落とした地面から赤いカーネーションが咲いたというお話があるので、それと関係あるのかなと思っています。

カーネーションといえば必ず思い出すことがあります。


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「カーネーションの記憶(スペインの寮の思い出)」(フェイスブックの過去の日記より)

きっとスペインで昔からずっと親しまれているのだろうと思う歌で、「クラベリートス」があります。
「可愛いカーネーションよ」という意味です。
クラベリートスをよく歌っていたのが、トゥナと呼ばれる男子学生の音楽隊です。
トゥナの一団は16、17世紀の学生の伝統的な服を着て、セレナーデをギターなどで演奏して歌います。
衣装も優雅でかっこよく、趣があって素敵でした
大学のいろいろなイベントでトゥナがクラベリートスを歌い、それに合わせ他の大学生たちも″クラベリートス、
クラベリートス....″と歌っていました。
ある日、私が住んでいた女子寮のホールにトゥナが来た時がありました。
(その日の朝食の時に、ある一人の面白いタイプの子が食堂に入って来るなり「チコー!(男子ー!)」と叫びみんなを笑わせました。日本の女子校と同じだなと思いました)
ホールにみんなが集まり、トゥナの演奏と歌に聴き入りました。
しばらくすると、男子達が女子達にダンスの申し込みをし始めました。
男子から差し出された手を女子が取ると、男子はホール中央まで女子をエスコートしました。
男子は女子の背に手をまわし、女子は男子の肩に手を置き、もう一方の手を軽く握りあって向かい合って踊り始めました。

私も早い段階で数人に申し込まれたのですが、その手のダンスの経験がなく恥ずかしくて断ってしまいました。

ノリの悪さでチャンスを逃す、これは若い頃の私のいつものパターン。
再び誘われることなくそのままとうとう壁の花・・・・。
皆さん、同じチャンスは二度と来ないのです!
ちなみにスペイン語で、壁の花になることを「七面鳥を食べている」と言います。
私が考えるには、パーティーで人の輪に入れず黙々と七面鳥を食べている様子が由来なのではないでしょうか(涙)。
クラベリートス、クラベリートス····。
尻込みしたことを悔やんでも後の祭り。
いつまで歌い踊れば気が済むんだと思いながら楽しそうに踊る人達を眺めている時間の居心地悪さといったら!
自分に対してももちろん、自分の子供達にもこれを覚えていてほしい。
「恥ずかしがらず、人目を気にせず、まずはやってみる」

2024.02.22

グラナダのセマナサンタ(フラメンコブログ フラメンコ教室エルソル)

少し早いですが、セマナサンタを思い出しました。

厳粛で壮大な宗教劇を大勢の人たちと共に見守り、一体感を感じた素晴らしい思い出です。

セマナサンタに関係するいろいろな単語も当時覚えたので、それも思い返してみました。

●パソ(キリストやマリア様の像が載った山車)

●コフラディア(カトリックの団体。セマナサンタの行列を取り仕切る。多分)

●コスタレロ(パソを担ぐ人)

●プレンディミエント(キリストが捕らわれの身になったこと)

●カピローテ(先のとがった頭巾)

●ナサレノ(セマナサンタの装束の人)

●エル・ナサレノ(頭文字が大文字で、キリストのこと)

●エル・カウティボ(頭文字が大文字で、キリストのこと)

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  「グラナダのセマナ・サンタ(1997年)」(フェイスブックの過去の日記より)

スペインの行事で特に心に残っているものの一つが、3月後半にあった聖週間(セマナ・サンタ)です。
サクロモンテでセマナ・サンタを見ようということになり、その日の夜遅くに友人とサクロモンテに行きました。
広々とした原っぱに幾つもの焚き火が燃えていて、それぞれの焚き火に数人が車座になっていました。
私達は、地元の友人同士だという若い人たちのグループに入れてもらいました。3月末の真夜中、火の気のないところにずっといたら凍えて絶対に耐えられませんでした。本当に有り難かったです。
普段は宗教を気にすることはあまりないけれど、セマナ・サンタの時は少し感傷的になるんだ、という話を焚き火を囲みながら聞きました。
それぞれの焚き火のグループはとても楽しそうでした。
当時、ニーニャ·パストーリの「トゥ·メ·カメラス」というフラメンコのタンゴがとても流行っていたのですが(確か車のCM にも使われていました)、それを手拍子しながら歌って、1人ずつ輪の中央で踊って次の人と交替していく光景を見て、あまりにも絵になるので感動しました。
午前3時頃、皆がわーっと動き出しました。私達も着いていきました。向かう先は教会です。
暗くて足元が危なかった記憶があります。
教会への道の途中、こっちが近道だと言って周りの若い人たちが次々と崖をよじ登って行くので私の友人たちもそれについていきました。
私はおとなしい子供時代を過ごし、お転婆な経験ゼロ。運動神経にも自信ありません。どうしよう··とためらっていると、知らない誰かが腕を伸ばしてくれたのでその手をガシッと握って引っ張りあげてもらいました。
教会の前で、十字架にはりつけにされたキリストの像と、聖母マリアの像が向い合わせになりゆらゆらと揺れていました。
息子の姿を見てマリア様はどんな気持ちだっただろうかとその場にいる一人一人がきっと思いめぐらせていたと思います。


数人が代わる代わる歌う「サエタ」という悲痛な唄に胸を打たれました。サエタはスペイン語で矢という意味です。
終わると皆がどっと帰ります。人の波にうまく乗らないと危ないので、今度はジャンプして崖を下りました。
帰宅は午前5時位でした。厳かで感動的な経験をしたことや、その他いろいろな興奮が混ざり、なかなか眠れませんでした。

2024.02.14

フラメンコ教室エルソル 鵠沼教室の看板

 今日はバレンタインデーですね。

これは数年前に作ってもらった看板です。

色も形も私の好きなチョコレート風。

育児真っ只中の頃は、ストレスでカレ・ド・ショコラ(21枚入り)を3日で食べ切っていました。

私がフラメンコ教室を自宅で始めた理由は、育児で家に引きこもりがちになっている人の役に立ちたかったからです。

フラメンコに興味ある方、ぜひご連絡ください。

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